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(無題)

 投稿者:たっちゃん  投稿日:2018年 5月27日(日)07時04分59秒
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  かまちゃんの告白には、重いものが有りますね。

ずっと心の奥に堪っていたものなのでしょう。

サッカーの公式戦の準決勝に出せなかった話や、学習発表会のオーディションで落とした話。

それらの判断の何れもが、間違っていたとは思えません。

数多いらっしゃいます国内の教員さんですが、その時々に於いて、かまちゃんと同様の判断をし、結果それらについて生涯を通じて迷いや疑念を持たなかった人が殆どでしょう。

そこまで考えていると、とてもやってられません。

私はその考え方は、正しいと思います。

だって文科省の指導要項には、そんなことまで書かれてはいないからです。

でも、どうしてかまちゃんが後悔を持ち続けているのか?

生意気申し上げますが、それはかまちゃんが、人間的な成長を遂げられたからでは?

若い時には見えなかった尺度で、もっともっと長いスパンで人を見れるように成ったからなのでは?

表面的な×や、△や、○や、◎ではなくて、1人1人が持っている可能性を、そして学校での教育期間だけではなしに卒業して就職して結婚して子供をもうけて人の親へと、大人へと成って行く、その個々の人生にまで考えが及ぶように成られたからではないかと思います。

子供から大人へと成長して行く、其処まで見えられるように成ったからでしょう。

それはかまちゃんが、様々な経験を通じて身に付け学ばれたものです。

だから、当時の自己の判断に疑念を持たれるのでしょう。

とても味の有る人間教育をされているなぁと、感じ入っております。
 
 
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