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(無題)

 投稿者:かまちゃん  投稿日:2020年 1月26日(日)12時43分45秒
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  釣行記書きましたのでよろしかったらどうぞ^^

幸運な釣りとは~鹿児島県甑島鹿島釣行記~

「あのな、この前鹿島で釣ったクロばってんが、刺身にしたら最高やったバイ。やっぱり、寒グロは最高バイ。」

1月10日頃になって、師匠uenoさんからこんな電話をもらった。

ははあ、自分が釣ったクロが美味しかった内容の話をしたかったのではないことは、電話口でのこの第一声でよくわかったぞ。どうやらこの電話が釣りへの誘いであることは、誰の耳にも明らかだった。

「釣りに行こうと思っとっとバッテン、いかんな。どこがよかな。」

やっぱり。あまりにもわかりやすいよ、uenoさん。ボクに鹿島に行こうと言わせたいんだね。一応「どこがいい?」と尋ねているが、選択肢を与えない話の流れだ。

「やっぱり鹿島がよかっじゃなかですか。美味い魚を釣りに行きましょう。」

「そうやな、じゃあ、鹿島に予約しとくけん」

こう言い残して、uenoさんは電話を切った。

予約を入れたのは、1月20日(日)。前回の初釣りでメジナの乗っ込みが1ヶ月以上遅れているのでは、という状況での釣りだった。それから2週間、魚は私たちに一体どんな答えを用意してくれるのだろう。

2019年から2020年にかけての冬は、これまで経験したことのないような暖冬である。そんな状況が影響してか、南九州のどこもクロの釣果が芳しくない。瀬ムラがどこでも見られ、渡りグロの接岸が待たれる状況であった。

そんなときだった。

「kamataさん、出るげな。3時半出港でなげ、12時20分頃来て」

Uenoさんからの歓喜にあふれた声が4Gの電波に乗ってきた。これで年末から5回連続の出港だ。昨年の上半期に計画すれば7.8回連続で時化という憂き目に遭ったことを考えると、統計学上では当然かもしれないが、それにしてもありがたいことだ。

「kamataさん、おれたちゃ運がよかばい。年末から5回連続で釣りに行けるからね。」

Uenoさんがこうつぶやいた。

確かに。時化が続く冬の海において、これほどまで続けて釣行できた例は、釣りを始めて初めてのことだった。

運がいいのは、天気だけでなく、魚もそこそこ困らない程度に釣れているものしかり。

思えば、自分は本当に運がいい人生を送ってきたなと思う。

まずは、この世に生まれてきたことが奇跡だよね。そして、家が貧乏だったことがなによりも運がよかった。大工をしていた父親は、ギャンブル狂いで日当のほとんどは競艇(なぜか北九州のW松ボートに遠征してた)に費やした。幼稚園は金銭的に無理ということで中退。そして、小学校の頃は、給食費も払えないほどの貧困になった。オイルショックからの不況は建設業界の動きを止めたからだ。しかし、1ヶ月ほど次の父親の給料日までタンパク質のない水炊きで過ごすという食生活は日常茶飯事で、食べられることだけでありがたいという経験をした。だから、おかげでこの年まで食べ物の好き嫌いが一切ない。

つぎに、運が良かったのは、自分が進学する時期に新幹線が博多駅まで開通したことだ。このおかげで、福岡はオイルショックから立ち直り、建設業界も復活。鳴かず飛ばずの親父にも仕事が投げられた。人手不足のため中学出の母親も正社員として雇用されることになった。おかげで自分は高校にも行かせてもらった。

そして、高校卒業時に、大工の弟子になるという父親の願いを裏切り、学費の安い大学に行くための受験料と入学金を稼ぐためにアルバイト。合格してから父親に直談判。ここで意外にも親父は大学行きを許してくれた。反対されていたら、甑島でメジナ釣りをしている余裕はなかっただろう。本当に、ラッキーだった。

大学に入学したものの、底辺校から入学した自分には誰1人知り合いはいなかった。つまり、友達を作らなければならない使命があったのだ。ところが、入学式が終わった昼の時間帯に、不覚にもあやしい宗教団体に拉致されてしまった。ゴルゴ13のような強面おっちゃんから逃げだし九死に一生を終え大学に戻ったら、サークル歓迎会は終わっていた。

やらかした。失意のうちに大学生協の現場をぼんやり眺めていると、一つだけ歓迎会の席に残っていたサークルがあった。選択肢がなかった状況は、そこにおられた当時の部長に「入部させてください」と言わせた。それが音楽をこの年まで続けるきっかけになった合唱との出会いだった。音譜も読めない、ましてや音楽などやったことのない自分が、合唱と出会い、音楽で満たされている今の生活を考えると、あやしい宗教団体に感謝すらした。本当に運が良かったと思う。

大学での生活はもちろん仕送りなし。レジ打ちや家庭教師のアルバイトで生活した。1週間を1000円で過ごす方法も身に付けた。家賃の安い寮や月3000円の下宿(部屋の中の気温は外気と変わらない。冬は部屋の中の洗面器がよく凍っていたっけ)に住めたのも幸運だった。

そして、社会人になって知り合ったuenoさんに釣りの面白さを教えていただいたのも強運だった。こうして、甑島のクロ釣りができるまでには、様々な偶然や運が折り重なり、磯釣り師としての今の自分がある。

釣りができることこそが本当に運がいいと思える今日この頃。感謝すべき先輩uenoさんと、今回もこりもせず甑島の磯へ向かう。行きの車中でも、

「運のよかな。この前も東磯やったばってん定置奥に乗せてもらって釣れたけん。」

そう、自分たちは北西の季節風が吹く時期に使われる鹿島東磯にかなりの苦手意識をもっていた。なんたって、今まで東磯に乗せられて釣れたのは弁慶という有名ポイントに乗せられたときだけで、あとはボウズや1,2匹という撃沈続きだったからだ。

「uenoさん、この寒の時期に磯に立てるだけでラッキーじゃないですか。定置奥に乗せてもらえるといいですね。」

海上は強い風が吹くと思われる。それならば、風裏で釣りができる定置奥がベストだと思えたからだ。ところが、uenoさんは、

「弁慶がよかなあ。」

あそこは、確かによいポイントだが、まともに風を受けるからどうかなあ。Uenoさんの考えには、今回は賛成しかねた。

Ueno号は、午前2時半に到着。オリオンが西に見える中、相変わらず大盛況の甑島行きの渡船。血に飢えたハイエナのような磯釣り師が今か今かと船長と到着を待っていた。

いつもの軽トラックで船長がやってきた。それを合図に、港に二酸化炭素と親父臭が放たれた。釣り道具を持ったライジャケ野郎が船に荷物を積み始めた。

ぶるん、ぶるん。

船に命の鼓動がよみがえった。27人満員御礼にもかかわらず、前のスペースに寝ることができた幸運を胸に、渡礁に備え睡眠を取るために横になる。沖堤防を過ぎると、エンジンは高速になり、船は漆黒の対馬暖流を快適に滑っていく。前回よりも揺れない船内で、例のように羊を数える。羊が1匹、羊が2匹、メジナが3匹、メジナが・・・いかん、いかん。こんなことをしていては眠れやしない。

できるだけ邪念を振り払い、無の境地になるように努めた。串木野港から鹿島東磯まで1時間半という眠るには微妙な時間。光の速度で進む乗り物の中は、時間が遅れるという特殊相対性理論を、この船の中でバーチャル体験する。この宇宙船は、今どのくらいを進んでいるのだろう。小惑星辺りか。外では、太陽風が吹き荒れ、彗星が行き交っているに違いない。

ゆがむ空間を走ること90分弱。エンジンがスローになった。慣性の法則を流体力学が邪魔をする。重力加速度の異変を感じた身体が自分の眼を開けさせた。結局渡礁への期待で一睡もできなかった。

船は、東磯を代表する名礁弁慶からの渡礁となった。名前は呼ばれなかったので、弁慶への渡礁はない。次の希望は、定置奥へ乗せてもらえるかだ。この日は、他船も動いておりはたして定置奥は空いているだろうかと不安になる。

「uenoさーん」

薩摩地方のイントネーションは、我々の渡礁が近いことを知らせた。キャビンの外に出て、荷物を船首部分に集める。そして、身構える。進んでいく前方を見ても暗闇があるだけ。だが、何カ所か灯りがともっている場所がある。まるで、冬の大三角を構成する夜空のようだ。あの灯りがプロキオン、あれがシリウス、あっちがリゲル。(ベテルギウスは確認できなかったが)中には、ついたり消えたりしている灯りもある。どうやら他船が先に釣り客を渡礁させている模様。

「定置奥は、あいとるみたいやね。」

船長とポーターさんが話している。予報に反して小雨がぱらつく暗闇の中、灯りがともっている場所を避け、船は依然として暗闇を走っている。何かを感じたのかポーターさんがうなづいている。どうやら定置奥は空いていたようである。連続で希望の磯に乗れるようだ。なんと運がいいのだろう。

しばらく走ると船のエンジンがスローになった。サーチライトが照らした先をみると、見覚えのある巨大な巌が出現した。紛れもなく初釣りでお世話になった定置奥である。

おかえりなさい。このようにこの偶像に言われた気がした。そこらへんの石ころをただ巨大化しただけのごつごつした男性的な巌に船は着けた。早く渡ってくれよ。岩に押しつけられたタイヤが顔をゆがめながら訴える。

素早く渡礁を済ませ、船長のアドバイスはと振り返るが、

「1時から回収します」

まぶしいサーチライトの閃光からこのような返しがきただけ。連続で定置奥に渡礁だからポイント解説は必要ないよね。

ここは甑島列島の中でも季節風を避けられる風裏にあたる場所だが、それでも時折風が回ってきている模様。船付けの釣り座が気になったが、前回と同じところに磯バッカンを置いた。Uenoさんも前回と同じところを釣り座とし、早速、暗闇の中で仕掛け作りに入った。

竿はがま磯アテンダー1.25号、ナイロン道糸2号、ウキはジャイロ0αのスルスル仕掛け。ハリスは1.75号を2ヒロとり、針はがまかつのひねくれグレ4号を結んだ。Uenoさんもだいたい同じような仕掛けである。

撒き餌をしながら夜が明けるのを待つ。九州本土の山の稜線が少しずつ白々とし始めた。まだ、uenoさんの姿も確認できない。早く、釣りがしたい衝動を抑えながら撒き餌を続ける。

そして、山の稜線にオレンジ色の光が現われだした。自宅で受験勉強をしていた10代の頃、旺文社のラジオ講座を聴き終わり、自宅近くをランニングしていた時にも同じような暁の空をみていた。暁の空は、自分にとって未来や可能性を象徴するものなんだ。

ふと横を見ると、なんとuenoさんがすでに釣り初めているではありませんか。まだ、ウキも視認できるかどうかという明るさなのに。とても60を超えているとは思えないアグレッシブさである。こちらも負けておられないと前回釣れたポイントに仕掛けを入れた。レモン色の目印がゆっくりとシモリ始め仕掛けの馴染みを教えてくれる。30分以上撒き餌を入れているから、魚がいればなにかしら答えが出るはず。

魚が喰ったときに対応できるように道糸の操作をしながら、アタリを待っていると、目印が明らかに今までと異なるスピードで沈み始めた。おっ、いきなり第1投からか? ウキがゆらゆらと前アタリを知らせるシグナルを出し、相手が走るのを待つだけとなった。

道糸がピンと張った。瞬間竿を立てる。魚からのコンコンという魚信が心地よい。ここまでは想定内だったが、魚が突然圧倒的な力で一気に道糸を引きちぎっていった。ふっと竿先のテンションが消えた。

ということは。やっぱり。ジャイロが自由の旅に出かけていく。第1投でウキを早くも失ってしまった。ボクシングで言えば、第1ラウンドでいきなり相手のカウンターを食らってダウンした状況だろうか。

隣では、uenoさんが早くも魚とのやりとりをしていた。竿先の動きからこれは本命と確信。暗い水面から尻尾の白い魚がぬうっと現れた。きれいな口太をゲット。魚はいる。幸運にも今日も魚はいるぞ。焦る気持ちを抑えながら仕掛けを一から作り直しだ。隣では再びuenoさんが魚とやりとり。今度は40超えの口太を玉網に収めた。

「サイズアップしたバイ。潮もよかごたる。」

あせるじゃないのさ、uenoさん。時計を見ると午前7時半。Uenoさんがイスズミを釣ったところで仕掛けの準備が整った。さあ、遅れを取り戻すぞ。こう意気込んだが、ボクにはイスズミ。Uenoさんには、35cm位の口太が釣れて魚からの反応が消えた。ちょっと短いモーニングだった。朝日が顔を出し、すっかり明るくなっていた。

食いが止まるはずだ。上潮が左の沖へと滑っているのだが、仕掛けは地寄りへと動いている。本日薩摩川内の朝夕は、8時半頃が干潮となっている。2枚潮の状況が改善されれば再び魚は喰ってくるはず。焦らず今できることを続けた。Uenoさんは、前回と同じく船付けが気になっている模様。上げ潮の時間帯になったら移りたいとこぼしていた。

滑っていた上潮が緩みだし潮止まりの時間帯が迫っていた。上潮が滑らなくなると仕掛けの入りがスムーズになってきた。当然、魚からの反応がやってきた。道糸でアタリを取り、魚とのやりとりに入った。30cm位の尾長が訪問。続けて35cmの口太が釣れた。Uenoさんも同様に魚を掛け、5枚目。ボクは2枚という結果で干潮潮止まりを迎えた。

「風がやんできたごたっけん」

そう言い残して、uenoさんは、かねてからねらいを付けていた船着けへの移動攻撃を試みることにした。確かに、あちらの方がよい雰囲気はあるが、風が正面から当たるので軽い仕掛けで釣るスタイルではかなり厳しいのでは。ボクが本命の場所でなくてもここで粘る理由はそこにあった。

魚が餌を少し囓るだけの時間帯がやってきた。魚がいよいよ警戒を強くし、より慎重に餌を食べるようになったことで次の対策を講じることにした。それは、前回も功を奏した環付きウキの仕掛けに変えるという作戦である。

この仕掛けで前回は7枚釣ったというよいイメージが頭を支配していたためである。Uenoさんによると、この鹿島東磯には、「10時まで」という法則があるという。

「ここは10時までしか釣れんもんなあ。だけん、朝のうちが勝負バイ。」

その法則が正しければ、時間がもうあまり残されていないということになる。その焦りが環付き仕掛けを選択させた。

やはり、功を奏したか。早速、33cmほどの口太が釣れた。さらに、40cmクラスを玉網に。これで4枚目。

「どがんね。釣れよるね」

Uenoさんが裏から声をかけてきた。どうも向こうの本命とみられていた釣り座でも食い渋りは同じで、風の影響で中々喰わせ切れないようだ。Uenoさんは、こちらの釣果をみて再び戻ってきた。

Uenoさん、せっかく戻ってきたのに、そのタイミングで潮が変わって再び魚の反応が消えた。正確に言うと、イスズミしか釣れない時間帯になったのだ。

再び、仕掛けをもとの0αに戻して、ハリスを1.5号に落とすことにした。これで何とか5枚目、6枚目をゲット。Uenoさんも2枚追加し合計7枚となった。

10時を過ぎると魚からの反応がさらにうすくなった。やはりuenoさんの言ったとおりだ。10時から全く釣れる気がしない。Uenoさんもボクも休憩が多くなってきた。

こんな時は、周りの景色を楽しむことにしている。人間社会から隔絶された世界で、魚との真剣勝負や自然を満喫できる環境は、おっさん2人を少年の心に仕立てる。鉛色の空に10時を過ぎた頃から澄み切った冬の青空が覗いてきた。南からのうねりを北西の季節風が押さえ込み、見事な凪が広がっている。磯の周りに美しいグラデーションを演出している透明な海。動きがぎこちない蟹が波に翻弄されているのもご愛敬。

この磯での贅沢な時間を楽しみながら、仕掛けを交換。風が回り込んで釣りづらくなってきたので、道糸を1.75号に。11時頃、この仕掛けで30cmを少し超える尾長を釣って7枚とした。この後頑張って釣り続けたものの事態は全く好転するする兆しが見られないことから、「もう釣れんバイ。」というuenoさんの一言を合図に、12時過ぎに早めの納竿とすることにした。

船は、約束の1時過ぎに迎えに来た。この場所を離れることに一抹の寂しさを感じながらもここに乗れたことに感謝するとともに、楽しく魚にも恵まれたことに運が良かったと改めて感じさせられた。運がいいと感じた時には、必ず感謝という感情が後から付いてくるんだなと分かったような気がして、この美しい甑島列島を離れるのであった。
 
 
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